最初の1カ月間
最初の1カ月の兼職の時は今でも鮮明に覚えている
上司に猛アピールしていた時期
自分の兼職評価書を勝手に作成して上司に渡したまでは良かったものの、一向に音沙汰がないので1カ月たったある日上司に給与が上がるのか確認した
すると、意外な答えが返ってきた
それは、評価書の内容もいつも頑張って他部署のことも兼職として手伝ってくれていることは感謝しているし個人的には評価している
ただ、会社としての給与の査定の基準があいまいで給与として支給していいのかわからない、というものだった
これは意外だった
この時は絶望して兼職を一時辞めて転職を考えてもしたが、やはりそれも怖かったので小さい会社だったこともあり、会社の社長に正直な話をしてチャンスをもらった記憶がある
兼職を始めて1年後
この時は人生での一大転機だった
最初の1カ月を頑張って、社長にもチャンスをもらい評価書の内容を認めてもらったのだが、自分も何を思っての過小評価だったのかあまり記憶が確かではないのだが、昇給は5,000円という話になった
これは安くてたまったものではない、というのと、これだけ頑張ってもこれくらいしか評価してもらえない、という怒りがこみ上げてきて結局は今よりも大きな会社に転職した
だけど、転職した先の大企業は社内ルールが厳しすぎて兼職や兼務などは一切認められておらず、自分のオリジナルな力を発揮するというよりは社内規定をしっかりと守り、ロボットのように働くことが良し、とされるような場所だった
これでは当然自分の思っているような昇給もできないため思い悩んでいた
すると、元にいた会社の上司から連絡がたまたまあった
内容は、当時はよく理解できなかったが、会社の社長がグループで違う会社も経営しているから別の部署ではなく別の会社の事業を手伝いながら自分の仕事もこなしてみてはどうだろうか?という話だった
もちろんその話には乗った
兼職を始めて3年後
この時は心身ともにとてもしんどかった時期だ
兼職で別会社のお手伝いを何でもやるようになってから3年後に、オーナーから小さい会社を1つ任されていたのだが、それとは別に自分から事業を1つやってみたい、と話を直接プレゼンしてやらせてもらっていた時期である
何がしんどかったかというと、企画や営業
これは自分が今まで一度もやったことが無かったジャンルで、人に気は使うし毎日電話や人と会って話をしなくてはいけないし、で気疲れがあった
しかも、予算がどうとか、値段が高い、安いとか、業者さんとの打合せとか営業実績がどうとかでとてもバタバタした毎日を送っていたのであまり記憶がない
ただ、今思うとこの時の経験があったからこその人脈や実績はできたと思う
そして、給与も少しずつだが増えていた


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